5/11/2010

彼女について知っている2、3の事情

ジャン・リュック・ゴダール作、年。

別に「団地妻の情事」を取り扱うわけではない。
今在住している国(女性形)について、少し書こうと思う。


先々月から仕事と研究所の授業がかなりハードになり、ブログ更新が久々になってしまった。
昨日、こちらでは第二次大戦の戦勝国らしく「戦勝記念日」で、街全体がお祭り騒ぎ(下)。




祭りといえばお酒なんですが、アル中国家らしく(社会問題にまでなっている!)10%以上のお酒の販売は禁止。
なぜかってこの国の人たちは酒を呑むと、我々日本人以上に態度が悪くなるからです(もちろんそうでない人もいますが、ほぼ例外に等しい)。
絡んだり路上で眠りこけたりならばまだしも、騒いだり、器物破損、喧嘩までに発展というのはよくあること。
なので、荘厳な祝祭に『それは』という国の苦肉の策なんですわ。

というわけで夜の祝砲(花火)を外国人の友人達と楽しんだ後、とっとと帰宅し良い想い出に留めました。

3/01/2010

暇ではないけど、暇。

非常に集中力が落ちている。

語学にしろ、読書するにしろ、思索にふけるにしろ。
おそらく、刺激が少ないことが原因かと思われる。

てな訳で、刺激を求めて、友人の紹介でモスクワのとあるデザイン集団に会いに行った。





すんげぇ、スタジオ。
工場をリノベーションしたらしく、天井が高い。そして広い!
モスクワにもこんな快適な空間があったのかと。
う~ん、こんな空間に住みたい。

2/22/2010

List part 3

1. Differencia (Ryuichi Sakamoto,1980)


2. Losing my future (Hikashu, 1979)


3. Fuzakerunnjaneyo (Zunoukeisatsu, 1972)
http://www.youtube.com/watch?v=DTTn-foIkDM

4, Spring of aliens (Taco, 1983)


5, Rader-man (Jun Togawa, 1984)


6, ABC (Syounentai, 1987)


7, Technopolis (live ver. 1981) (Yellow magic orchestra, 1979)


8, Mononoke dance (Denkigroove, 2008)


9, Top secret man (Plastics, 1979)


10, Twiggy Twiggy (Pizzicato five, 1989)

11, Champion (live ver.) (Alice, 1978)


12, Nagai yoru (Chiharu Matsuyama, 1981)
http://www.youtube.com/watch?v=LIeWL-gO-tg

13, Fiolina (Mute Beat, 1996)
http://www.youtube.com/watch?v=kG1kxBtOM4o

14, Use me (Kimiko Kasai, 1975)
http://www.youtube.com/watch?v=Q1pDm0-BQcI

15, Tiger & Dragon (Akiko Wada, 2003)


16, Uragiri (Mari Natsuki, 1976)


17, Watashi wa naiteimasu (Lily, 1974)

List part 2

1. Haisai-ojisan (Shoukichi Kina & Champloose,1976)


2, Watashi no Beatles (Fujio Tokita, 1969)


3. Akasaka no yo ha fukete (Tokyo panorama mambo boys, 1991)
http://www.youtube.com/watch?v=OFPMCQuVU60

4. Cosmic surfin’ (Ecstasy Bathroom Mix...) (Denkigroove, 1991)


5, Mizuiro no ame (Junko Yagami, 1978)


6, Can’t take my eyes off of you (Izumi Sakai, 1999)


7, Bara no Kakumei (Mieko Hirota, 1971)
http://www.youtube.com/watch?v=a9HqfyKgt5s

8, Terry’s theme (Yasuyuki Konishi, 2001)

9. Hijo no License (Yoko Nogiwa, )


10, Kanariya naku sora (Tokyo ska paradise orchestra with Yusuke Chiba, 2001)


11, 240,000,000’s eyes (Hiromi Go, 1984)


12, Stripper (Kenji Sawada, 1981)


13, Neko ga nyatte Inu ga wan (DODDOD, 2009)


14, Moog power (Hajime Tachibana, 1991)


15, Shirakechimauze (Chu Osaka, 1975)


16, Dakishimetai (Happy end, 1971)


17, Melody (Koji Tamaki, 1996)

2/05/2010

DJがしたい…

モスクワは休日、アーカイヴと図書館が閉まる。

なので、外に出て散歩したいところだが、寒い(氷点下-20℃近く)。
まぁ、呑みに行くのもいいんだけど、大して面白くもない話で盛り上がるのもなんだし。

ということで、現地の友人やネットワークを通じて、DJができるところを模索中。
日本のポップスでゴリ押しするプレイを披露しようと夢想。
その時のためのリスト↓

1, Haiku (Doopees, 1995)


2, Robimson (Rashinban, 2002)


3. Exotica Lullaby[SkaBeguine] (Haruomi Hosono, 1976)


4, Simoon (Tokyo Ska Paradise Orchestra, 2004)


5, Dinimaite ga 150ton (Kai Band, 1981)


6, Henna permanent (Totszen dan ball, 1980)


7, Friends (Rebecca, 1985)


8, Get Wild (TM Network, 1987)


9, Yumemiru shojo ja irarenai (Nanase Aikawa(Polysics remix), 2003)


10, Marionette (BOØWY, 1987)


11, Dendo Kokeshi (The Stalin, 1980)


12, Koi wo shiyouyo (The Roosters, 1980)


13, Kawasaki Z2 750 Rockn’ roll (Guitar Wolf, 1997)


14, Yokujitsu (Aburadako, 2004)


15, Ano subarashii ai wo mouichido(Karate bakabon, 1983)


つーか、研究に土日も捧げろよという感じですが。

12/19/2009

変化を欲す

1989年、KINO(Viktor Tsoi)作曲、アルバム《Poslednyi Geroi》より。

いけね、一ヶ月以上も怠けちまった。

ウクライナの研究出張がパーになってしまい、
ビザの書き換え等で研究が一ヶ月ストップし、
怒涛のように時間が過ぎたら師走。

書き換えのため短期間日本滞在中。

金が頗るかかる国ですわ、日本は。
電車代が高いよ。
とはいえ、助けていただける縁もない。
ヴィザを受け取るまでの間、日本での生活のため、
バイトする羽目になるとは…

早く生活変えたいぜ
てなわけで、標題の曲。
ペレストロイカ只中のレニングラードから登場したロックバンドKINO
メロディーラインは、the smithやnew orderに近いものを感じる。
PVに手話を用いているんだけど、下手なビデオアートより俄然イイ。
やはりzeit geistなんですかね~。こういう曲が当時支持されたのは。


10/31/2009

祈りなどは無駄、左腕に仏陀、右腕で弾き出す内部コンピューター

2000年、DJ Krush『Code4109』の『chie no wa』より。

イチローや松井(秀)もいいが、アメリカで侍と言えば、
彼を挙げずにはいられない。

DJ Krushは曲自体の完成度の高さもさることながら、
彼自身がプレイするDJスタイルも完成度が高く、
かつほとんどが自分でリリースした曲でプレイするという。

その中でも、あいも変わらず押し付けがましいが、
トランペッター近藤等則とのコラボ『記憶』(下)は褒め称える表現がみつからん。



つーか、他の学生みたくクラシックコンサート聴きに行けっつーの。
外国人にdenkigrooveDJKrushばかり薦めてっから、
ただのクラブ好きと認知されているみたいだ。

いちおう研究者の卵(自認)ではあるが。

10/27/2009

Apartment House 1776

J.ケージ作曲、1976年。

3年前に津田塾大学の講堂でアルディッティ弦楽四重奏団と白井剛(振付家、ダンサー)のコラボを観たことをふと思い出した。

この曲の本来の意図はアメリカ建国当初にあった教会音楽やマーチ等を断片的に集め、方向性を持たないまま全体が流れていく静謐なるハーモニーを狙っているらしい。

観賞後、酒を呑みながらとあるキュレーターが「アメリカという国家の雑多かつそれらが絶対混じりあえない風景を投影している」と述べていたが、その意見に乗る。

先週、息抜きがてら郊外に旅行したんですが、
列車で旅行中に話しかけられる。

子供をつれたマダムでしたが、「あんたイタリア人(どこがやねん!)?」
「いえ、違います」
「あーイタリア人だったら、旅行の話ができたのに」
「そうですか、残念ながら僕はイタリアには行ったことないですが、イタリアの建築は勉強してます。」
「あー勉強の話なら、いいわ。モスクワまで寝てるから起こしてね」

-会話終了。
うーん…
こっちの話きけよ。
「多様性」の国ぢゃねーのか。

この国はそんな国だと改めて実感。
マルチプルなんてこんなもんですぜ。

10/19/2009

雨が続くと仕事もせずに、キャベツばかりをかじってた

1974年、かぐや姫シングル『赤ちょうちん』より。

最近、滞在先はめっきり冷え込み、雪はまだ降らないが五月雨のような雨が断続的に降る。
入所試験に受かったものの、すぐに博士候補生試験を受けることになり、
結局自分の研究はストップ。
外国語(英語と私の場合はロシア語の二つ)と哲学(!)
しかも明日が試験なのに、この内容を聞いたのは先週の木曜日。

この哲学というのが曲者で、べつに込み入ったものではなく、
一般教養としての「哲学」のため、研究所が提示する哲学者の中から、
任意でこちらが選んでその哲学者の概要と自分の見解、自分の研究とどう結びつくかなど、
プレゼンしろだとさ。


人生で初ともいえるほど、勉強(ほとんどプレゼンのための暗記)ばかりしている。
暗い生活。学生寮に住むほかの住人は、週末クラブ通いだっていうのにな~。
連れはいませんが、どことなく暗いが青春だと思ってタイトルの歌詞を思い出す(下)。



とりあえず、若いから頑張れるとでも思っておくか。

10/05/2009

豚骨のスープを塗りたくり、鳩などを呼び寄せて、小学生集めて得意顔。

すばらしい歌詞。

2009年、電気グルーヴ、アルバム『20』より『エンジのソファー』(下)。



来週の木曜に入所試験を控えているのに、こんな動画ばかり見て、
母国に郷愁を抱いております。

相変わらず、電気はすごいと舌を巻いている次第です。
俺が小学生の頃からやっているのに、
新鮮さ見事に保つこのクオリティ。

研究においても、自らの考えを常に新鮮であるかのように、
否、核になる部分をいかに新しく見せることができるかと
これを見て一石投じられた気になった。
非常に参考になる。


まぁ、無意味な思索だな。
だって全く日本語しゃべる機会がないんだもん。
ついでにこんな画像も↓



漫画家の天久聖一によるアナログなクリップだけど、
これもすばらしい歌詞。
彼らは日本の誇るべき『king of pops』である。
と寮に住む外国人にプロパンガンダしております。


さ~テスト勉強しよっと。

9/21/2009

僕らはアトムの子どもさ

山下達郎、1992年(下)。



浦沢直樹ブームに便乗して、
アトムを引き合いに出したいところですが、
《イオファンの子》という建築家グループがモスクワにいる(下図が代表作)。



今週の水曜夜半に無事モスクワ入り。
一年前に住んでいた寮に一年間だけという条件で、住居を確保し、
早速情報収集。

出発直前まで研究と学会誌の編集に追われモスクワの建築ならびにアートシーンを全く知らなかったので、これらに関する雑誌を買い漁る。

その中でわかったのは、どうやら来週から第三回国際モスクワビエンナーレが始まるということ。
もうひとつは、自分の研究に関わるんだけど、《イオファンの子》という建築グループがおり、1930年代ないしクラシック建築様式を惜しげもなく利用し設計を行う若い建築家が増えているということ。

説明しておくと、イオファンという建築家はかの《ソヴィエト宮殿》コンペの最終案(下は1931年の原案)に選出された建築家で、その後も1937年のパリ国際展覧会のソヴィエトパヴィリオンを担当したりして、ソヴィエト建築史におけるいわゆる「全体主義建築」の中で重要な位置を占めた建築家。




ビエンナーレは今住んでいる寮の学校も会場になるから、まぁ自然と接するだろうとして、
二つ目が非常に気になる。一年前では、建築美術館の館長が「まぁ、アメリカとドイツで熱い研究だからね~」と言っていて、「モスクワはまだその熱に冒されていないよ」なんて言っていたが、膾炙したということか。

ビエンナーレでは「ペーパー・アーチテクチャー」というプロジェクトが開催され、1920年代のアバンギャルド建築の流れを汲んだ1980年代のソヴィエト建築、つまりほとんど実現しなかった(というか実現が目的ではなかった)建築のアーカイブとそれらの設計図が展示される。だから、二つの事は結局表裏一体という形で結びついている。

今度の火曜日に受け入れ先の指導教官と面接して博士論文の方向性を決定するとのこと。その際に聞いてみるか。

つーか面接対策しないとマズいなー

話の落ちとしては、「誰もが夢見る」ものの代表ということで。
というか、小松崎茂が描いた未来図っぽい(下)。

9/15/2009

焦らず、じっくり、コトコトと…

ってスープの宣伝かいっ!


というご助言を賜った。
生来、スロースターターなんで「仮想敵国」ではないが、
期日とか決めてあらゆるものに取り組んでいたが。

身体は拒否反応、そのため帯状発疹。
やっと痛みは治まったものの、
お医者さんから大量のプレゼント(下)




餞別だそうだ。
つーか、荷物が増えるっちゅうねん。

まぁ、人生いい方向にむかってるっちゅうことで
好きな曲の一つを貼り付けときます。

9/06/2009

帯状疱疹になっちまったよ

突然発症です。

一昨日から、
腋の下が異様にかゆく「汗疹かな?」と思っていたら、
翌日、右上半身腹部が何をするにもチクリと痛い。

友人に拠れば「リンパ腺の腫れじゃん?」とのことで、
日曜診療を受け付けている近所の診療所へ。

症状を説明すると、「仕事頑張りすぎじゃないっすか?」とお医者さん。
とりあえず「まぁ、そんなとこです」と話しを合わせ、聞いていると、
「仕事のストレスから来る免疫力低下で、幼少時にかかったウィルスが再発」しているらしい。

ちなみに仕事盛りのサラリーマンによくある症状らしいので、
バリバリ働いている人は注意ですな。
つーか、何で俺?ニートに属する人間が(笑)。

確かに助成採用時から受け入れ先にほぼ毎日電話、
ビザ確認、住居手配、今度投稿する論文、とある学会誌の編集、
学校の事務処理、受け入れ先への提出書類と
普通のリーマンがこなすような仕事より楽なはずなんだけどな。
睡眠時間があまりにも少なかったんで、まぁ休めという体からの信号なんでしょう。

投薬で4-5日で直るらしいけど、痛い。
何とか渡航前には直せるようだけど、
痛すぎて、息するのもつらいんです。

こんな時に限って…

まぁ、夜に読書時間が増やせると思って病気と向き合います。

8/22/2009

change of life

1992年、ジェフ・ミルズのCDアルバム《Waveform Transmission Vol. 1》中の一曲



耳に残るミニマルなサウンド。
「ゴリゴリした音」っていうのは、
まさにこの曲を表現するためにある言葉使いなのだなと、常々思う。


この年にデトロイトから発信され、いわゆるテクノ・ミュージックにおけるマイルストーンとなる《Strings of life》(rythm is rythm名義、デリック・メイ)に対する応答で創り上げられたらしい。
さしづめ、場外インタープレーってとこか?



まぁ、そんな前置きはいいとして、
ほぼ日帰り(20日深夜(24時くらい)から21日の夜19じくらいまで)で越後妻有アートトリエンナーレに行ってきた。
2-3の作品しか鑑賞できなかったが、C.レヴェックの《静寂あるいは喧騒の中で》(2009)はやはり印象に残った。

静寂と喧騒という対立概念が作品名に混在し一方を選択することで他方が解消されるから、
その場に生じる現象はそのどちらでもないという論理になる。
だけれど、鑑賞するという行為は、感覚や論理そのほかの作用を総動員するから、
様々なレイヤーからの判断が生じる。
だから、意味という一つのフェーズからなる「タイトル」をいい意味で裏切ってくれる。
まぁ、このことって見ようによっては他の作品にも言えること。

でも、そうした蓋然性を越えてインパクトを与えてくれたのが上記作品だ。
つまり、聴覚と視覚のインタープレー。
ちと強引な繋げ方かな。




もう少しつなげれば、このあとに見たC.ボルタンスキーとJ.カルマンの《最後の教室》(上:2006)の雰囲気と似てるというか、静寂なんだけど作品に付着する物語が鑑賞者を飲み込む形で視覚と聴覚に訴えてくるあの「ゴリゴリ感」。


レヴェックの作品がボルタンスキーの影響を受けたかどうかわからないけれど、
何か「インタープレー的」なものを感じた。

考えすぎかな。

8/11/2009

ああ くずれてしまえ あとかたもなく 流されてゆく

1978年、八神純子『みずいろの雨』より。



歌声がいいです。
やっぱラテンなんだよね、ベースは。
歌謡曲という仮面を被ったラテン。
これって面白いテーマだな。研究と並行して探求の価値アリ。

でいろんな人がカバーで歌っておりますが、PE'Z堤智恵子がカバーしているのが好き。

前者はなんか祭りっぽい。
やっぱ2002年ワールドカップの時の感じがいい意味でも悪い意味でも抜けていません。
学部時代の時、毎日友人の家、研究室、飲み屋で観戦後、この曲をよく聴いておりました。
後者は、Aメロのときのベースラインがいいんだよね~。
曲の徐々に盛り上がっていく展開も素晴らしい(歌謡曲調→サンバ:すごいな!ライヴバージョン)。

さて、前回書いてから一週間激しく動き回った。
まず、入学先の研究所から連絡が来ないので直接電話。

「ヴィザ用の招待状そろそろ来てもいいと思うのですが…」
「え、担当者変わって聞いてないわ。今から招待状作るから!」
「…」
「9月末くらいからのヴィザになるわよ」

パニックです。間に合わない…入学期間に。
月曜から木曜まで5時間の時差にめげず、毎晩電話。交渉。
毎晩架けるうちに担当のオバちゃんと仲良く(電話越し)なり、何とか好意を持ってもらうのに成功。
9/15からのヴィザになるよう手配してもらう。

しかも、このヴィザセクションと入試課が連携しておらず、必要書類についても一苦労。
入試課の人が休暇中らしく、携帯を教えてもらい、架電。

「すんません、休暇中…(中略)~が入試に必要な書類ってことでいいんですよね」
「そう。~はこっちでないと揃えられないから英語版の修了証でいいわ。もー、とにかくこっち(留学先)に来て話しましょう」

簡単に行けたら行くっちゅうねん!
ビザがいつ手に入るかわからんので、航空券も買えず…
果たして、本当にあちらで研究が始められるんだろうか。

タイトルの歌詞ではないけど、溶けたい。

8/08/2009

きらきらきらきら~しょわしょわ~

先日、博士号取得に関する例の奨学金が認可された。
以前は文部科学省が引き受けていたやつ

クビがつながった~。
これが第一声(人前でね)。

あ、上記のわけわからんタイトルは1982年、コズミkック・インベンションの『コズミックサーフィン』の最初の歌詞ね。



前回の近田春夫(作詞を手がけているらしい)つながり。
それにしても、なんというか。
色んな意味ですごい。
80年代のゴチャゴチャした歌謡界を象徴しているというか、ジャンル別棲み分けがなく混ぜたものを体現したという感じの曲。

で、とりあえず、パスポートを更新。
何を準備するのかと手紙を確認したところ、明らかに現段階で揃えられないものが。
ヴィザと入学許可書だ。

入学許可書は、前回落ちた奨学金のものを使ったので、「入学を受け入れる準備があります」となっており、やっぱりきちんとしたものをということらしい。
とりあえず、学校の留学生課の人に事情を延々二時間話して、ナントカしてもらう。

ちなみに、「かの国」はヴィザ取るための「招待状」が必要で滞在先にお願いして、送ってもらって在日大使館で申請→ヴィザ取得となる。
その「招待状」が手許にないんす!
というか今あちらは休暇中らしく、連絡が取れん…

どこに、この先が~続いているのかわっかならないー

1973年、ザ・ピーナッツ『情熱の砂漠』より。

原曲の歌謡曲調もいいんだけど、ハードロック調にカヴァーした近田春夫&ハルヲフォン版がすごくいい。



近田春夫について、ここで述べる必要はないが、日本の歌謡曲について論じた『考えるヒット』を読むと彼の音楽観がよくわかる。

的確、かつキャッチー。
これ以外に重要な要素。

それにしても、あることでいい結果をもらえたんだけど(次回に記載)、
上記の歌詞みたいに「先行き不安」。

タバコの本数が増える。

7/29/2009

都市計画で~夢の街。着々できるビルディング。

1982年、ゲルニカ『改造への躍進』より「復興ノ唄」(下)歌詞の一部。
かのピカソの作品と間違えぬよう。




バイトもなく、いそいそと論文執筆と査読通過した論文のチェックがてら、youtubeをうろうろしていたら、上記の曲に出会ってしまった。

細野晴臣がプロデュースしていたことは、ぼんやり知ってましたが、
戸川純がメインVOというのは初めて知りました。

音なんだけど、モロにコンピューターゲームの音(ファミコンの『ギャラガ』っぽい)。
当時の細野先生の意向が100%反映されている感じがします。
いやー、なんともレトロちっく。
音に耳を奪われるが、戸川の「レトロ風」な唄いっぷりも見事。

本来だったら、the SmithとかNew Orderの系譜に並べられる80年代ロック対抗馬の日本ロック金字塔の一人(褒めすぎか?)なのに。

サエキけんぞうがかつて結成していたハルメンズのカバー等に代表される楽曲が素晴らしい。
(ex:『昆虫軍』。ファッションがいかにも…)
どことなく、Guns N' Rosesの『The Spaghetti Incident?』を彷彿とさせます。


歌詞の途中で「走るアメ車に投げキッス」なんてあるんだけど、こんな絵画(下)が思い浮かんだ。



Yu.ピメノーフの《新モスクワ》(1937年、トレチャコフ美術館蔵)。
復興ではないけれど、タイトルにある「都市計画で夢の街」が1935年から始まって「着々と」ビルディングや道路、インフラを整えていった。その様子をピメノーフは「将来あるべき好ましい姿」で描いた。
つまり現実そのままを描いたわけではない。

ちなみにこの車の風景から、車が走っている場所は、
かつてKGBがあったルビャンカ広場を少し南西に下りたところとボリショイ劇場前を通っている幹線道路。
この道路はクレムリンの脇に流れて「イリイチ大通り」(当時)となって、
最終的には《ソヴィエト・パレス》(未着工)へと至る。
そう、運転している女性が向かうのは、前方にうっすらと見える白いビル、《勤労防衛会議ビル》(今は国会として利用されている)よりも高い《ソヴィエト・パレス》であり、その姿は道路の消失点の先にありまだ描かれないことによってまだ見ぬ期待の高鳴りが重ねあわされている。

確か、森美術館の館長を務めたD.エリオット氏も「淡い色彩によって詳細を描かないことが、情景をぼやかすだけでなく『夢見心地』をうまく表している」なんて言っていたような。あ
この絵画だったら「スローガンに彩られた旗がたなびく~」とかになるんだろう。

これがルビャンカ広場から北に(絵画では南西)行けば、『復興ノ唄』にある建物と似たビル(下:A.シチューセフ《農業人民委員ビル》(1928-32))に向かうんだけどなー

7/19/2009

急転直下

仕事クビ。

この前の火曜日に宣告され、その週の「金曜日にやめてくれないか?」と言われた。
うわっ。
これって流行りの「不当解雇」ってやつですな。

「ある助成金がおりたらやめます」と申していたので、まぁ時期が早まっただけ。
とはいえ、今月末まで働く意志を伝えていたので、腹立たしい。
いちいち怒り狂うのも、アホ臭いので、その日から仕事サボタージュ。

こっそり隠れて、Youtubeでヤクザ映画を見尽くす。
最終日には、同じ軒を連ねる別会社のオッサン達に餞としてご飯をご馳走してもらう。
まぁ捨てるナントカあれば拾うなんとかありですわ。

そのやめさせられた日に、例の最終面接の連絡を受ける。

7/07/2009

締め切り間近の悩み

いやー、実は今人生最大の岐路に立たされていて、
とある外務省の外郭団体から「在ウクライナ日本大使館」で契約社員で二年働かないかって今日声がかかった。

専門調査員ってやつです。

金(危険地手当て+給料)はべらぼうによいのだけれど、
研究からは全く遠ざかる(分野外の政治・経済情勢の専門調査員)。
つーか建築史なのに、なぜ?
該当研究者なんじゃないのか?

まぁ、拾って下さる人がいらっしゃるのだから、ありがたい事です。

ウクライナだと川喜田煉七郎(下)が入賞した《ウクライナ音楽劇場》コンペがハリコフで1930年に行われている。



仕事の合間にそういった資料を集められれば…
というような仕事ではないらしく、経験者談ではかなりハードとのこと。
休みの日は寝ていると。

例えば、自分に家族とか恋人とかいて今の状況だったら確実にこの話は受ける。
だがそういったものはないし。
一番のネックは今応募している奨学金と時期がバッティング(面接と試験日)なんで、きちんとその旨を伝えなければ。

金か研究かだね。
締め切りは10日まで。
ちょっと悩むかな。
というか12時間内にだ。