1/10/2009

四谷ぶらり旅

一昨日、仕事の関係で四谷三丁目付近をぶらり。


行き先の場所がわからず、狭い路地を行き来していると、
一つのことに気付く。「町並みがいいな」と。


昼間で静かだったこともあって、落ち着いているというか、ほっとする。
圧迫感がないんです。

何故か。勝手な解釈だと、塀のない一戸建てやアパートがあって、道路と延長上になる形で玄関部や駐車スペースが構成されている。だから、塀で道路が囲われているという印象がなく、狭いんだけど圧迫感を生じさせない。

あと、ここらへん結構アパートが多いのだけれど、そのほとんどが相似している。
四谷アパートメント》っていうデザイナーズマンションと昔ながらのアパートっぽい物件(下図)が上手く絡み、わき道に入ると神社なんかあったりして。結構イイ感じだ。金があったら住みたいな。


  

学部時代には新宿通りの向こう側の飲み屋街に繰り出していたが、その記憶とこの地域が何かリンクしてしまい、妙に懐かしい思い出が蘇った。

1/05/2009

『消された月の物語』

1926年、ボリス・ピリニャーク作。


トロツキー失脚後の軍事評議会議長M.フルンゼ変死疑惑を扱ったセンセーショナルな作品(原文)。


下の写真は同名映画(1990年、E.ツィンバル監督)フルンゼ役を扮する名優V.スチェクロフ。






なんでこんな作品を思い出したかというと、留学中によくつるんでいたイタリア人の友人から年賀を頂戴したからだ。年齢も近く、日本で言うところの博士後期在籍。ピリニャーク研究。

修士のときのK学長のゼミで翻訳課題が出され、ついこの話を思い出してしまった。



近々、博士取得口頭試問があるそう。

彼女はスロベニアの国境沿い出身で今はスロベニアにいるとのこと。

スロベニア語の注意が書かれた「camel」を寮の階段で吸いながら、社会主義リアリズムの芸術政策について長々とまぁよくしゃべったもんだ。



そのときの断片。

「ピリニャークってあんたの国のスパイってことで殺されたんだよね」。

「そうなんだ、彼日本のことについて書いてるんだ『Корни японского Солнца』ってやつで。しかも『消された月の物語』の出た年に日本に来てたんだぜ。知りすぎたものは消せ。当時の鉄則じゃないか。芸術分野では。」。

よく考えると、すごい話してたな。

あー懐かしい。というか、こっちは口頭試問いつになんだろう。