2/06/2008

パーティーに招かれて…

あーまた筆不精が祟って三週間ぶりのアップ。

あまりに反応が無いので、今回は身の回りのことを。

先週の土曜日、こちらで仲良くなったロシア人の家に招かれました。
彼らとは、私の同居人のイタリア人(もう帰った)を通じて知り合い、新年を共に過ごした仲。二人ともモスクワの音楽院出身で男性(ジェーニャ-眼鏡をかけています)はすでに就職しており、女性(ナターシャ-真ん中の黒いタンクトップ着用)は大学院で映画音楽の研究をしております。




二人とも普段は物静かですが、まぁよく食べ、そして飲む!新年のときもそうでしたが、「もういい」というほど料理と酒を振舞ってくれて、翌日胃がもたれました。
で、招かれた友人は同じ寮に住むアニエス(タンクトップ着用)というカナダ人の女性とフェデリカ(オレンジのジャンパー着用)というイタリア人女性。アニエスはモスクワでフランス語を教えており、フェデリカは私と同じく博士課程に在籍、論文資料収集のため短期でこちらに来ています。彼女らもロシア語で今後仕事をしようと考えている(自分はあまり考えていない、というか望み薄)ので、同じような悩みを持ち、互いに研究成果の報告といったような研究留学でありがちな場面にやっと出会えました。どうでもいいけど、俺って顔エロいですな。この写真だとラテン系です。

今月末に今回のホストを寮に招くことになり、「日本料理が食べたい」といわれたので、日本食の研究ですわな(和食を作ったことが全くないから)。

最後に嬉しい知らせが二つ。

まず拙文ではありますが、「10+1」で「世界建築レポート[7]The Old and New: Mosaic City, Moscow──モザイクとして彩られた都市モスクワ」なる記事を寄稿しましたので拝見いただければ。

それと、日本にいる時から関わっているMOTが、ついに定期的にイベントを開催できるようになりました。
モスクワで資料集めて、投稿論文書いてないではやく日本に戻って、俺も動きまわりたい!

詳細は以下の通り。
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○CAMP
日程
2008年02月28日(木)~03月08日(土)10日間    
2008年03月27日(木)~04月05日(土)10日間   
2008年04月24日(木)~05月03日(土)10日間   
以降、現在未定(できれば、1年くらい継続的に開催したいと考えています)時間|12:00~23:00
場所|
Otto Mainzheim Gallery(東京都中央区八丁堀3-11-9-B1)八丁堀:徒歩約3分、宝町:徒歩約4分、京橋:徒歩約5分、新富町:徒歩約10分、茅場町:徒歩約15分
主催|
MUSEUM OF TARVEL
<プレトーク> テーマ:もっと無茶してみませんか?(仮) ゲスト:Survivart(岩井優、長内綾子)ほか 定員:30人(予約制) 参加費:無料<オープン・バー> 予約:不要 参加費:無料<トーク01> テーマ:未定 ゲスト:未定 定員:30人(予約制) 参加費:1,000円(1ドリンク付)<トーク02> テーマ:未定 ゲスト:未定 定員:30人(予約制) 参加費:1,000円(1ドリンク付)

1/17/2008

研究という「アヘン」の効用について 2







一昨日は研究機関での発表が急遽延期になったため、日曜大工用品を買いに市場へ。






寮の部屋に本棚がないため、DIYで造ろうということに。モスクワ郊外にもIKEAがあってそこで本棚を購入すればよいのだが、いかんせん荷物になるし、寮から1時間半かかるのでその手間を惜しんで本日造ってみました。






快適な生活空間構築にはやたらと金がかかる。今住んでいる部屋は二人部屋なのでいつか同居人が来ることになり、今までのように研究者(11月、12月)もしくは講師(10月)にならない可能性が高いので、一部屋を区切れるよう模様替え。中央に電話線で仕切りを作りシャワーカーテンを垂らしパーソナルスペースの確保完了。本棚製作費と中央仕切りスペース製作費しめて500ルーブル(約2,500円)。まぁ日本では安いほうか。






単に市場に行くのもなんだったので、1930年代のパトスが建築物として今も残るVDNCh(Vystavka Dostijenii Narodnovo Chagjaistva - (全ソ連)国民経済成果展示会場)へ。この展示会場は1937年の全ソ連農業経済展覧会会場のため建設され、その後毎年開催される経済成果を発表(誇示)するための展示会場としてソ連時代に利用されていたという経緯。当初は目抜き通りにメルクーロフ作のスターリン像があったのだが、さすがにもう存在せず、周りが新興住宅地となっている今ではやや浮いた場所となっている。






もちろん、展示会自体は既にないのですが、地下鉄の駅名となって今でも残っており、当時のパヴィリオン会場や会場の門がまだ残っており、強いて言うなら筑波万博(今、会場やそのときの名残はもうないのかな?)の会場のよう。次の論文の画像資料となるのでここぞとばかりに写真を取りまくりました(写真は入り口の門(左上)とその頂点のアップ(右)、展示会場入り口の柱頭(下左)、最後のは噴水のレリーフ(下右)-どうでしょう?すごくないっすか?)。












それにしても、ソ連時代に造られたとはいえ、建造物のレベル(質)が高い。美術史の授業でパリの凱旋門広場を見たことがあるけれど、それと違わぬモニュメント建造物の雄々しさと通りや街路の見事なシンメトリー。装飾のモチーフが古代の神々や英雄像から労働者、農民に変わっただけで、まさしくソ連式擬古典様式建築の典型。

30年代を代表するコルビュジェやギーディオン(ジークフリート)、エステーレンといったCIAMの建築家らがこうしたソ連の建築様式の動向に愕然とし、幻滅していったわけだけど、そのおかげでアートや現代建築の文脈にのることも無く、モニュメントもしくは当時の「記念碑」として今も残っているわけだ。

で建築物(パヴィリオン)に入ってみると当時の物が保存されているのではなく、市場になっているというギャップ。日本では、まずありえないであろう光景。パリの凱旋門のモニュメント建築物の中で野菜が売ってたり、CDショップが入っているなんてことないですよね?

ロシアの文化というか彼らの建築物ないしは遺産に対する態度を垣間見た気がした。