まずは、長期更新できなかった理由を簡単に記します。
モスクワに到着してすぐにPCが壊れて、モスクワのPCショップに修理を依頼。
一週間のところを三週間かけられてしまい、その上PCは回復せず。
こちらのネット環境は悪くないのですが、いかんせんロシアのウインドウズでは日本語が打てない。
よってメール返信は英語ないし緊急の要件だけ、知人に借りておりました。
結局、一ヶ月後モスクワよりヤフオクにてIBMのX31を落札後、家族より三週間かけて発送してもらいました。
しかしながら、親が気を使ってくれて外付けのDVD機器を送ってくれたのですが、そのおかげで通常重量をオーバー。
そのためモスクワの国際郵便局に超過料金(約\8,000)を支払いに行き、個人通関までさせられるという羽目に。
ともあれ、自由にPCが使えて一安心。
PCが使えなかったため、研究に必要な本を買い漁り、読み進める毎日。
こちらでは、1930年代のソ連建築様式史、特に実現しなかった足がけ20年かかった建築プラン《ソヴィエト宮殿》を中心に勉強しております。そのため、読んでいる本は『Architektura Stalina psichologiya i stil' スターリン建築 その心理と様式 - D.Chmel'nitskiy 2007』、『Zodchiy Stalin 建築様式スターリン- D.Chmel'nitskiy 2007』、『Kul'tura Dba 文化その二 - B.Papperny 2006』。
いわゆる美術史からは「クズ」とされる社会主義リアリズムの中でも爪弾きされるジャンル。「悪趣味」です。ただしこれをいかに「美学」に絡めるかが面白いと考えており、グリーンバーグとクンデラの「キッチュ」とは別の概念が引き出せれば冥利に尽きるかと。
身の回りでは、出発前に友人たちと死ぬほど酒を飲んできたため、こちらにきて交友を深める飲み会(ベチェリンカと呼ぶ)もあまり出ず、非常に有益な時間をすごしております。まぁ、年も年だし同世代の連中と飲んでないと楽しめないんです。会話に合わせるのも疲れますし若いパワーについていくのもダルい。そのため、酒の量も適量かつ健康にもよいということになり、日本にいるときより健康に生活しております。
長くなりましたが、とりあえずの報告。
11/26/2007
9/21/2007
世界の果て
絵本ということだったので、ロシア・アヴァンギャルド時代のような絵本(2004年に東京庭園美術館でかいさいされたような作風)だろうと思いきや、ちょっと違う。何というか、「あーソ連の70-80年代の絵本ってこんな感じか」という印象を受ける。これは入り口すぐのところでカバコフが記しているように、「職業」として制作したものだから「僕の独自性が発揮されたものではありません」という発言に由来するのか。
ふつうなら、「じゃあ鑑賞する意味ないじゃん」といきたいとこだが、カバコフが「自分のため」に制作した作品(トータル・インスタレーションとして括られている)と見比べると面白いかもしれません。
カバコフの画風がどうのこうのというよりも、彼のイラストしか展示されていない。だから、当時の他の絵本と比べようがなく、どの点(筆致、色彩センス、モチーフの捉え方、具象的OR抽象的とか)で「カバコフ風」なのかわからない。これは「個展」だから、他との比較がなくてよいのか?「独自」とか「~の作品に似ている」とか鑑賞者が判断すべきだから、「こんな感じで他の作家は描いてます」というのを展示してもいいと思うんだけどな。
文句ばかり言ってないで、展示の良かった点は、薄暗さと一定の高さで配置されているから絵本のページを繰るように鑑賞できたところか。絵本というメディアが小さく美術館の小ささは相対的に大きく感じた。あとは絵本ついでに制作したと思われる塗り絵を飾るコーナーがあるんだが、「これ検閲に引っかかるでしょ」という内容の言葉があったりと、必ずしも「体制に絡めとられた」わけでもない作品が展示されていたりと、カバコフの「綱渡り」的センスも垣間見ることができる。
それにしても、携帯(ソフトバンクのノキアのやつ)が全く通じないのは痛かったな。ランチは2000円だし…まぁ、風景が綺麗だから、展示作品を見ずとも観光として行くのも善いかもしれません。

海一面に囲まれ、もう存在しない国、ソ連時代の絵本に囲まれる。どことなく、エーリク・ブラートフの《水平線》(上図)を思い出してしまったのはソ連絵画病ですかね。
とにかく博士には出費がかさみました。ま楽しかったから、いいか。
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